廃人ゲーマーが思う、"やりこみ"と"やらせこみ"の決定的な違い

ゲームの"やりこみ"とは、遊んでいる人が『このゲームを遊びつくそうとした結果生まれるもの』。

長年ゲームで遊んで来た私は、やりこみをこういう意味に捉えています。


「こんな遊び方をしたらどうだろう」、「レベルを極力上げないでプレイしてクリア出来るかな?」とった疑問。もしくは遊び心から生まれるもの。人によってはそれがコンプリートだったり装備縛り、低レベル縛りだったりと、それぞれ異なります。

1本のゲームをトコトン遊び尽くそうとした結果が"やりこみ"です。



バイオハザードの有名なやりこみ、ナイフクリア。スタッフも想定外!

例えばバイオハザードナイフクリア

バイオハザードの主力武器は銃ですが、弾数が限られているのでムダ撃ちしてると後がキツくなります。そこでサブ武器のナイフで弱いゾンビを倒し弾を節約する……というのがナイフの本来の使い方です。


ところがナイフクリアは、銃を一切使わずナイフだけで敵を倒そうというプレイスタイル
開発スタッフが全く想定していなかったとされるやりこみです。


初めてナイフクリアを達成した人は、おそらくナイフ1本でクリアしてやろうとは思っていなかったはず。
ナイフだけであのクリーチャーを倒せるかな?」という疑問を感じ、実際に試し、ナイフで倒す方法とテクニックを発見。
これを何度も繰り返すうちにクリアしてしまったのだと思います。


やりこみとは文字通り、ゲームをトコトンやり込む事です。普通はやらないような変わった方法を思い付き、それがどこまで通用するか試して遊ぶ。
この結果がやりこみプレイであると考えています。


ナイフクリアも「ナイフだけでゾンビ以外のクリーチャーも倒せるかな?」という遊び心から始まったのでしょう。
ナイフのみでバイオハザードを遊び尽くした結果、ナイフクリアというやりこみが生まれたといえます。


なぜやりこみ要素を"やらせこみ"と感じるのか?

最近のゲームに搭載されているやりこみ要素は「やりこみではなく"やらせこみ"」だと言われがちです。

上述したように、ゲーマーの遊び心は人によっては異なります。

登場する全てのモンスターを倒したい・データを網羅したい人はコンプリート要素がやりこみになります。初期装備でどこまで戦えるか試したい人なら装備縛りがやりこみに。

その他、低レベル縛り、使用技縛りだったりと、ゲームを遊ぶ人によってやりこみの定義や方向性は違うものとなります



一方ゲーム側はコンプリートや回数3桁回のダンジョンなど、やりこみの定義をあらかじめ決めた上でやりこみ要素を作ります。

やりこみ要素をやらせこみと感じる理由はコレです。やりこみの方向性は人それぞれ異なるのに、ある1つの方向に決めてやりこみ要素を作る。
これを見たプレイヤーは「私はコンプリートの道じゃねえ、装備縛りコースに向かって走りたいんだよ!」といった不満が生まれます。


コンプリート要素などは私も好きで楽しませて貰っているのですが、人によっては「用意してやったぞ。ホラやれよwww」と強制されているような気もするでしょう。ホントはそんなことないんですけどね。ゲーム側が用意したやりこみ要素が肌に合わなければ、無視して違うコースに走っていけば良いのです。


ただやはり公式が用意したやりこみ要素や、やりこみ要素を全面的にアピールしていたりすると萎えるのでしょう。

 

ゲームやりこみの一例、動画『真・世紀末死あたぁ伝説』

私がやりこみの好例だと感じるのが、『真・世紀末死あたぁ伝説』です。

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真・世紀末死あたぁ伝説とは、PSソフト『北斗の拳 世紀末救世主伝説』を使用した二次創作(?)動画です。

同作にはムービーのセリフを自由に変えられるエディットモード、"世紀末シアター"が収録されています。本来別のキャラのセリフを主人公に喋らせるといった事が出来ます(例えばケンシロウラオウのセリフを言わせたり、アミバとトキのセリフを入れ換えたりが可能)。

分かりやすく言うと、いわゆるMAD動画を作れるエディットモードです。
本来ユーザーがセリフ音声を録音して動画編集ソフトを受かって作るようなものを、公式のゲームソフトが機能として用意しています。


なぜエディットモードの動画がやりこみだと思うのか?
それは『真・世紀末死あたぁ伝説が用意された素材とシステムで、トコトン遊び尽くしているから』です。


単にセリフを変えて遊ぶだけでなく、ケンシロウのキャラを徹底的に変え、随所に笑いどころを作っている。
本編のストーリーを知っている人はもちろん、知らない人でも充分楽しめる映像作品に仕上がっています。

 

この動画を見ると『1本のゲームでここまで遊べる発想力はスゲェ……!』と思わされます。ホントに見習うべきです、コレは。
同時に自分もゲームをやりこみたいという欲求が沸いてきます。


ゲーマーたるもの、これくらい自由に遊び尽くせる発想力を持ちたいものです。

 

やりこみはゲーマーが自由に遊ぶから誕生する

確かにゲームは用意されたストーリーやシステムを楽しむだけでも充分面白い。

私もストーリー性のあるゲームは好きです。特にキャラ毎に異なりストーリーモードがあるゲームは良いですね。例えば『真・三國無双』シリーズなど。


しかしながら、ストーリーやシステムだけをただ楽しむだけでは表面的な部分しか遊べていないように感じます。

それは用意されたラインをなぞっているだけ。ゲームや遊びは自由なのですから、自分で好きなように遊んでも良いはずです。ラインを無視して新しい線を書いても誰にも文句を言われません。


ビデオゲームが登場する以前のゲームは遊ぶ人の発想力が介入する割合が大きかったように思えます。例えばTRPG(テーブルトークRPG)も、大まかなキャラ設定と目的以外はゲームキーパーとプレイヤーの裁量に任されているらしいですし。

子供の頃は自分達で遊びを作ったり、すでにある遊びをルール改変したりした経験のある人も多いでしょう。


ゲームのやりこみも遊び尽くす例です。
昨今のやりこみと言うと、いわゆる"やりこみ要素"が連想されます。しかし本来やりこみとはゲームをトコトン遊び尽くそうという意気込み、その結果をさす言葉です。

例えばモンスター図鑑のシステムが無いゲームで、全てのモンスターの攻撃パターンを自分でノートに記録して図鑑を自作するなど。おそらくファミコン時代の『スーパーマリオ』とかでやった人がいるでしょう。

 

まとめ

真・世紀末死あたぁ伝説もやりこみの1つといえます。
1つのゲームをとことん遊び尽くす。これくらいの気概を持ちたいものです。

『このソフトなら永遠にやっても飽きない!』と言えるような1本に出会い、長く遊んでいれば、遊び尽くす為の発想力も湧いてくるでしょう。そういったゲームに1本でも多く出会って行きたいものです。


最後に、かつてエンターブレインが発行していたDVD付きの月刊ゲーム雑誌「ファミ通WaveDVD」に収録されていたゲームやりこみ動画を紹介します。ニコニコ動画Youtubeにたくさんアップされています。

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たまに見返したくなるゲーム動画です。ゲーマーの情熱と発想力はすごい。