『野原ひろし 昼飯の流儀』を読んでいます。私は楽しめているのですが、どうも大きな評判はありませんね。
同じ料理漫画の『ダンジョン飯』と比較したら、なぜ昼飯の流儀の評価がイマイチなのか、理由が見えてきました。
『野原ひろし 昼飯の流儀』には大きなストーリーが無い
基本的に1話簡潔で、ひろしが昼飯を食べるというもの。1話の中で起承転結はあり、漫画として面白く作られているんですよ。
例えばステーキを食べる話では
- 大口の契約に成功、自分への褒美にステーキを味わう(起)
- ステーキを食べる(承)
- 肉に夢中でライスが手付かずだった!→咄嗟の機転でライスも美味しく味わう(転)
- ステーキ屋を出たら会議の時間が迫っている。企業戦士に休息はない(結)
このように、全ての話に起承転結があり、ギャグ漫画的なオチもある。
1話1話が面白いです。
しかしそれ以外の展開、話をまたいで展開されるストーリーは無い。
これが大きな弱点だと感じました。
食べる料理漫画という地位は『孤独のグルメ』だけのもの
そもそも『野原ひろし 昼飯の流儀』は1巻の時点で酷評されていました。
これは『孤独のグルメ』の二番煎じだからだと思います。
孤独のグルメは読んだことないから詳しく比較は出来ません。
ですが「ひたすら食事をする漫画」という地位は孤独のグルメのものです。もう孤独のグルメが独占しているようなもの。
『野原ひろし 昼飯の流儀』はそれと同じことをやってしまっている。
なので絵が違うだけの同じ漫画、二番煎じに映ったのでしょう。
『ダンジョン飯』のストーリーは「モンスターを食べる」と「妹を助ける」の2つの要素で成り立つ
ダンジョン飯は「モンスターを食べる」と「ドラゴンに食べられた仲間(ライオスの妹ファリン)を助ける」という2つの目的があります。
食事にもう1つの要素をプラスしたことで、孤独のグルメにはない面白さが生まれています。差別化というやつですね。
むしろダンジョン飯は食事漫画というより、冒険漫画です。
「迷宮のドラコンに挑んだパーティが、負けた上に仲間がダンジョンに取り残される。それを助ける為に新しい仲間を迎え、再びダンジョンへ潜る」というストーリー。
逆に言えば冒険ストーリーに「食事」という要素をプラスしたとも言えます。『トリコ』に近い。
『野原ひろし 昼飯の流儀』には大きなストーリー展開が必要
ダンジョン飯との比較で、『野原ひろし 昼飯の流儀』がもっと面白くなるための条件が見えました。
それは料理を食べるのとは別の、大きなストーリー展開。
ひろしは今のところ1話簡潔で、展開は中年男性がひたすら昼飯を食べるだけ。
この特徴はもはや孤独のグルメだけのモノになってしまっています。
なのでそれとは別に、もう1つの大きな目的をひろしに与え、話をまたいで展開されるようなストーリーが必要です。
昼飯の流儀は料理漫画で最も重要な『料理が美味しそう』はクリアしています。
今後具体的なストーリーを加えた長編が展開されれば、もっと面白くなるかもしれなません。